いよいよ第二巻のクライマックスです。
久しぶりに何度か読み返してみましたが、やはり最初の衝動と同じくらいドキドキしますね。
スーです。
本日もお越しいただきありがとうございます。
アナスタシアの口からエジプトのピラミッドについての秘密が赤裸々に語られる章、ここはこのシリーズで最も興奮したくだりのひとつです。
松(シダー)とピラミッドと石。
これらにはとても深い共通点があるのです。
シダーについては何度も取り上げてきましたが、聖書で有名なレバノン杉やピラミッドについてはここで初めて明らかになります。
1万年前、私たちの祖先は何かしらの原因により宇宙の知性とつながりにくくなったというのです。
『欠陥のある人々』の出現により、その時点から、地球規模の大災害へと向かう人類の漂流がはじまった・・・。
さて今回は、人類史における最大のミステリーである、すべてが与えられていた私たちがすべてを見失って憎み合うようになった現在における、希望の道筋をまとめていきますよ。
これが都市伝説に聞こえてしまう人は、ウラジミールという著者がどんな人だったか、もう一度しっかりと思い出して下さいね。
リンギング・シダーのリズムと振動は宇宙の知性にとても近い
原書では全十巻からなるこのシリーズ本、さて何シリーズだったか覚えていますか?
アナスタシアシリーズ、ではないですよ。
響きわたるシベリア杉シリーズ
です。
もう、シベリア杉が軸にあるんだよと最初からはっきりと示してくれていましたね。なかなか忘れがちですが。
そしてそのシベリア杉という木は松だということをここで念押ししておきたいと思います。
リンギング・シダーの意図
最初にメグレ氏と2人の老人が会った場面で、その怪しげな老人たちがしきりに懇願してきた木片についての作業。
あれももちろんシベリア杉ですね。
そのシベリア杉の中には、音を鳴らし始める木が存在し“リンギング・シダー”と呼ばれていて、その木についても2人の老人は言及していたはずですが、アナスタシア曰く説明していない大事なことがあると。
ア「祖父と曾祖父はリンギング・シダーと、その並外れた癒しの特性についてあなたに話したけれど、リンギング・シダーのリズムと振動が、宇宙の偉大なる知性にとても近いということを説明しなかった。」
そもそもリンギング・シダーというのは、
老「神は宇宙のエネルギーを貯蔵するために、シベリア杉を創られた。—中略— シベリア杉は人が放射したエネルギーを宇宙から取り込み、貯蔵し、適切な時期に再び宇宙に返す。その時期とは、宇宙にエネルギーが足りなくなったとき、つまり人間と地球上に生きるすべてのものがエネルギー不足にさらされる恐れのあるときだ。めったにないことだが、この蓄積してきたエネルギーを宇宙に返せないでいるシベリア杉に出会うことがある。
500年生きると、シベリア杉の木は独特の音を響かせるようになるが、静かに音を響かせることで人間に語りかけている———自分を切り倒して、蓄積したエネルギーを地球のために用いてほしいと。」
意図があって音を鳴らしているわけです。
千年の間に2、3回出会うというリンギング・シダー、それを伐採して意図に沿って使うことができるってどういうことでしょう?
リンギング・シダーを意図に沿って使う
本来私たち人間は、宇宙の偉大なる知性によってすべてを与えられて創造されたはずです。
しかし、この世の始まりのときから存在する非物質世界に蓄積されている叡智、それを感知する能力を私たちの祖先は失っていったということらしいのです。罪深さゆえに…。
そして、くだんのリンギング・シダーのリズムと振動が宇宙の偉大なる知性にとても近い、となると、それを意図に沿って使うことで私たちはすべての答えを導き出せるかもしれないのです。
ただし、その振動を感知する程度は人によるそうなのです。
リズムをもつ人にとっては至高の顕現
リンギング・シダーのリズムと振動が結びつき、人々の中に備わっているリズムによってさらに増幅される・・・しかしリズムというのは人によって全く違うと思いませんか?
アナスタシアがわかりやすい例で説明してくれています。
ア「そうだ!それもいい例を思いついたわ。音楽よ!音楽を聞くとき・・・音楽も振動とリズムでしょ。ある人はその音楽を引き込まれるように聞いて感情を揺さぶられ、ときには喜びと愛に満たされて涙さえ流したりするけれど、また別の人はその同じ音楽を聞いても、何も感じないし、まったく聞きたいとも思わない。」
メグレ氏は邪推していたのですが、リンギング・シダーは人を選んでいるのではなく常に同一の働きをするということです。
その波長に完全に合わせてすべてをまるごと感じる人もいれば、ほんのかすかに感知する程度の人もいるのです。
そういう“リズムをもつ人”が、温かいリンギング・シダーの幹に手のひらをあて、そのままなでおろすと、その人は無限大の叡智の集合体と交信できるそうです。
ア「彼はその交信の瞬間に考えていたことの領域に関して、さらにそのあとに考える領域に関して非常に多くのことを理解できるようになる。この現象の起こり方は、各個人によってその度合いが異なる。」
これこそが最高のかたちで現れる至高の顕現だというのです。
- 多くの人はすぐに感じないけどそういう人たちでさえ理解力の深まりは徐々に訪れそれを感じ取る可能性が増す
- それを感知し、気づきを得る人々のみが多くのことを聞く
- その人が何かを真剣に考えたいと思うときに彼らのうちに次第に明らかに示される
- 奇跡はシダーにあるのではなく人間の熱い望みの中にある
シダーはそれをただ助けるだけ。
と、これだけ聞いてメグレ氏は、
メ「きみが言うような、シダーをとおして宇宙の知性あるいは神との繋がりを感知する可能性については、ほぼそれに近いことさえどこにも書かれていない」
どんだけ頭固いねん??
レバノン杉は神の直接の生きた創造物
こうなったら、歴史上の実在した人物に関する逸話を持ってくるしかない、そう言わんばかりに、アナスタシアは別の角度から杉の秘めた能力を示していきます。
ソロモン王を魅了したレバノン杉
ソロモン王のレバノン杉に関する聖書の記述については、第一巻でメグレ氏本人も触れています。
杉の木に関するいろんな文献を漁っているなかで、奇妙にも杉の木を重宝がっている偉大な王がいたと発見したのでしたね。
それを読んでいたにもかかわらずアナスタシアの言っていることを疑っているのは、聖書の中では杉の木である必要性について明らかにされていなかったからではないでしょうか。
ア「考えてみて。なぜ、世の支配者の中で最も賢い王が、強固で立派な素材が身近にあるのに、それよりも頑丈さでは劣る素材で神殿と住居を建てるために、そんなにも大金を使ったのか」
メ「なぜなんだい?」
ア「その答えも聖書の中に書いてある。」
え?書いてある!?
『そして祭司たちが聖所から出たとき、雲が主の宮に満ちたので、祭司たちは雲のために立って仕えることができなかった。主の栄光が主の宮に満ちたからである』(列王記上第八章十節〜十一節)
その一節でようやくメグレ氏も納得したのでした。
ほったらかされたレバノン杉
やっとリンギング・シダーの特異さを理解したメグレ氏は、これまたご陽気な提案をします。
メ「シダーに触ってみたいという世界中の人たちが、簡単に来れそうな町にもっていこうと思うんだ。」
ア「そんな町がどこにあるの?」
ですよね…。
住民がこの神聖なものを汚さず、それを保護することを保証し、それに近づくための適切な環境を整備できる町…見つける努力をしてみせるという意気込みだけは素晴らしいですが、アナスタシアの気持ちは変わりません。
ア「人間は、技術優先世界のバイオロボットになりつつある。彼には、存在の本質について考えたり、ほかの人の話に耳を傾けたり、自分自身の運命について真剣に考えたりする時間が恒常的に不足している。彼はプログラミングされたロボットのよう。」
要は、そんな人間たちの世界においてこのリンギング・シダーを本来の意味のもとで利用できるとは到底思えないということですよね。
実際に、先祖たちが数千年にわたって、ほとばしり出る叡智と彼ら自身の魂の光とを後世に伝えてくれた聖地があり、聖なるものがあったとしても私たちはまったく気づいていないと言えそうです。
アナスタシアがその一例を具体的に示してくれました。
それがほったらかされたレバノン杉です。
ゲレンジークのとなりに生えているそのレバノン杉は、樹齢百年という若さだけれど、すでにとても美しくて強い。立派な人物が植えたこともあり、当初は大切にされていたけれど、今では人々はこの杉の木をほったらかしにしているのです。
こんなことだらけですよね…。
さらにアナスタシアは、そんな今の人たちの態度は、「叡智あるファラオたちのピラミッドを見る観点と同じように、技術優先の世界観からしか見ていない」と言ってしまうのです!
ちょっと待ったーーーー!って聞こえてきそうでしょ。
エジプトのピラミッドの秘密
エジプトファラオのピラミッド、一体何のために誰がどうやって建設したのでしょう。
世界中のあらゆる知的な人々がいろんな見解を示唆していますが、そのどれもが一貫して物質面に焦点をあてて研究してきた、それによって彼らはピラミッドが持つ最も大事な知的側面から目をそらされてしまっていると、アナスタシアは言います。
深く思索する人々と欠陥のある人々
ピラミッドの本当の建築理由とは?
それは深く思索する人々が、愚かな人間たちが自滅を迎えるときに真剣に考えてくれるだろうと、希望を託したもの。
深く思索する人=エジプトのファラオ
だったというのです。
冒頭でも触れましたが、今から約1万前に、宇宙の知性とのつながりが弱まり鈍くなっている人間がおびただしい数にふくれあがりました。そして、その地点が地球規模の大災害への人類の漂流スタートなのです。
言い方は良くないかもしれませんが、物質的なことではなく存在として『欠陥のある人々』それは宇宙の存在としてあまりにも多くのことを感じ取れなくなった私たちの祖先です。
アナスタシアは“知性の90%を失った人”という言い方もしています。
欠陥をもった不完全な人々は、まず石の斧と槍を発明し、その発明は、ついに核弾頭という極みにまで達した。今日まで、彼らは信じがたい執拗さで思考しつづけている。完璧な創造物を破壊して、自分たちの原始的な創造物に置き換えるために。
そうした人々は、その世界にじっと大人しくしてくれてはいませんね。
世代を重ねるにつれて実に不必要な多くのものを発明していきます。
- 書物
- 製薬
- 通信網
- 宇宙船
- 交通手段
- 食物生産コンビナート
- 私たち大衆というバイオロボット
思索する人であったファラオでさえ、すでにそういう欠陥をもってはいたけれど、まだ部分的に根源なるものの力を保持していたのです。
宇宙を満たすデータベースにアクセス
まさに量子物理学そのものだなぁという見解が、アナスタシアの口から当たり前のように出てくるのです。
思索する人々があらゆる便利だと思われている物質を一切必要とせず生きていた理由が、これだったのですね。
今の私たちは、やっと量子の世界についてなんとなくふんわりと頭で理解しながら、実践して実感している人がどれくらいいるのか、考えもしないと思います。
しかし、はるか古代の人々は、
根源なるものそれ自体に直接繋がっていて、宇宙を満たすデータベースに含まれるあらゆる情報を、簡単に取り出して用いることができた。
この宇宙の情報は、偉大なる知性、すなわち神によって創られたもの。その情報は、神と人間と人間の意識とでさらに豊かになり、壮大なものとなっているので、いかなる疑問にも即座に答えることができる。それはそっと目立たないかたちで働き、人間の問いかけにたいする答えは、瞬間的に彼の潜在意識に現れた。
完璧な潜在意識の使い手だったのです。
今の世の中にあふれている量子力学、量子物理学、波動、周波数、潜在意識、などの情報がごくありふれて見えてくるのは私だけでしょうか…。
これは先祖代々が保存してきているかどうか、にも関わる能力だそうです。
ピラミッドは効率が悪い装置
エジプトのピラミッドの謎といえば、人力だけでどうやってあれを建築したのか?また、内部に眠る秘宝やファラオの存在について何が正解なのかを知りたい人が多いでしょう。
しかし、あの巨大で謎だらけの建造物でさえ、全然完璧ではなくむしろかなり効率が悪い装置だというのです。
それは、ピラミッドを有に超える正確さと意図のある装置が他にあるということなのですが、それは次項にまとめます。
本の章には、ピラミッド建築方法の謎がいとも簡単に暴露されています。サラリとね。
大体ご想像通りだとは思いますが、こうなってくるとピラミッド以外の謎建造物も全然謎じゃないかもね、なんて。
そして、建築動機の謎についてもいともあっさりと暴露しちゃってます。超具体的にね。
私もこれまで幾つかのピラミッド論に触れてきましたけど、ここまで確信を持って具体的に述べているものはなかったです。
なるほど、だからピラミッドはあの形状でなくてはダメなのか、そしてあの大きさでないと…。
ここは是非とも本文をお読みになって下さいね。
ピラミッドの話がアナスタシアで出てきたのも嬉しかったのを覚えていますが、それと比較して登場するドルメンの完璧な構想に度肝を抜かれたのも鮮明に覚えています。
あなたはドルメンを知っていますか?
ロシアのドルメンはエジプトのピラミッドの原型
ピラミッドはドルメンの原型にすぎない。
そうなのです、私たちがピラミッドの謎に右往左往している間に、ロシアではより崇高で意図の明確な『ドルメン』という建造物に注目が集まっていたのです。ごく一部の人たちにですが…。
ア「宇宙の知性とのコンタクトを成立させる効果において、ピラミッドよりもはるかに大きくはかり知れない力を持っているのが、この、ピラミッドに先立つ、ずっと小さな石の建造物なの」
死ぬために石の小部屋に入る人
「なぜなら、生きている人々が、死ぬためにその中に入っていったからよ、ウラジーミル。彼らの死は独特のものだった。彼らは永遠の瞑想に入っていった」
ここはマジで極太字でデカデカと記しておきたいところです。
インド哲学、禅の教え、キリストの奇跡、・・・
全部一旦ふっ飛んでいきませんか?
死をもって子孫の未来を憂う。
死後にいろんなめんどくさいことを残していいことなんて一個も残さず去っていく人もいれば、ただ子孫たちの未来のために生きながらにして二度と出てこられない完璧な隔離であるドルメンへと身を捧げる。
そして悲しいかな現実には、そのドルメンが全く機能していないのです。
こんなことってありますか!?
私たちは、宇宙の叡智と最短最速で繋がれてしかもこの上ない完璧な答えを常に与えられる装置を地球上に確保していたのです。
危険性の少なくないWi-Fiを繋いでチマチマとインターネットで情報収集している場合ではない、と思ってしまいますね。まさにこのブログな…。
瞑想なんて子どもの遊びのようなもの
瞑想に限らず、現代を生きている私たちの日々の行動や生活というのは、全くもって不埒なお遊びにしか見えないのではないでしょうか、宇宙の知性からして。
ピラミッドや瞑想によって、私たちは顕在意識に上がってこない感覚だったり、根源なるものの真実を獲得したいと願います。
ただ、そんなものよりはるかに効率がいいこのドルメンというものは、
「ピラミッドの助けを借りて、疑問に対する答えを得るためには、人々はピラミッドのところに、ひとりずつではなく、大勢で一度にやってこなければならなかった」
「宇宙の知性とのコンタクトを成立させる効果において、ピラミッドよりもはるかに大きくはかり知れない力をもっているのが、この、ピラミッドに先立つ、ずっと小さな石の建造物なの」
「この完璧な隔離。意識においてさえもどることはかなわず、かといって死後の世界へと足を踏み入れたわけでもなく、通常の感覚器官である視覚、聴覚を遮断されたこの状態が、大宇宙の意識との完璧な交信への可能性を開き、現世に起こる多くの現象や人々の行動に対する理解への可能性を開いた」
命をかけているだけあっておままごとでは得られない効力をもつのですね。
瞑想、これも自身の内側に感覚を研ぎ澄ませて、あらゆる思考を遮断し、内なる声に耳を澄ますというやつですが、さすがに永遠に向かう瞑想をご経験の人はいないですよね。
日常で少しずつ本来の自分自身を取り戻すためのツールではありますが、ドルメンの方は、それを飛び越えてサクッと宇宙の根源とつながる瞑想なのです。
では、ドルメンに入って瞑想したご先祖さまたち、その恩恵を私たちはどうやったら受けられるのでしょうか?
答えは簡単!ドルメンに行こう!
永遠の瞑想に入っていった人々は、肉体や物質的なものにも二度と入ることができないといいます。生まれ変わりはもうないということですね。
そんな決意をした古代の人々の思いや意図は、現代の私たちにまで届いていないのです。
届いていないからこその今の世の中ですよね。
多くのドルメンはすでに略奪され、荒らされてしまっている。人々はドルメンの本当の目的を知らない。宇宙の叡智とコンタクトするために、ドルメンを用いることができるということを知らない。
—中略—
彼らは子孫のために、永遠を犠牲にした。
そして彼らの叡智と可能性は引き取り手がないまま宙に浮いている。ここに彼らの最大の嘆きと悲しみがある。
私たちが、瞑想だなんだといって一生懸命に量子場目指して波動を送り続けている一方で、この地球の大地にひっそりたたずむ石の小部屋こそが“人類文明が生み出してきた意識が存在している次元空間”だという現実があるならば、ぜひその石に触れてみたいと思いませんか?
メグレ氏は早速ドルメンに向かいます。
アナスタシアに対して、ドルメンが宇宙の叡智とコンタクトできるという証拠が欲しいと何度もせがんでいましたが・・・、
それでもドルメンに行き、さらにはそんなメグレ氏の行動に感化された人たちのグループまでもを動かし、ドルメンにより多くの花を供えることに成功したのです。
リンギング・シダーに触れにいくのはちょっと難しいですが、ロシアの地に眠っているドルメンに触れることはそう大変なことではないようです。
まとめ:宇宙の叡智との繋がりを失っている私たちはスマホではなく木や石に触れて復活
世界中のいたるところで不思議な建造物や自然物を見かけます。
そのどれをとっても、研究している偉い人たちは建築方法や規模や形態にばかり夢中になっています。
分析も解明もほとんど意味がない、アナスタシアの本を読み始めたときに、アナスタシアにそう言われた気がしたものです。
ほんの数年でかくゆう私だって本当に大切なものをすっかりと忘れてしまっているのです。1万年前に爆発的に増えていった現代人の末裔、宇宙の知性と繋がれなくなった祖先たちだって同じようなことだったのでしょうね。
何かをその外側から見て分析したり考察したり、それで分かることもあるかもしれないけれど、そればかりを繰り返しているうちに本当に大切なものはすっかり見えなくなってしまう・・・。
ドルメンに入っていった人たちは、私たちが本気で気づくのは非現実的な技術社会システムの愚かな本質を自ら証明し自滅を迎えるときだと考えていたのでしょう。
結局ギリギリの崖っぷちにならないと私たちの思考も真剣になれないんです。
今という時代を上手に生き抜く自分
今という時代だからこそ静かにただ佇む自分
そろそろ手放してもいい頃なんでしょうね。
本日も最後までお読みいただきありがとうございます。